What's this "aruheitou"?

アルヘイライン

フランシスコ・ザビエル
(1506-52)
ザビエル 1543年。
 このとしはじめて種子島に鉄砲が伝来されました。そしてそれから6年後の1549年に、ポルトガル人宣教師フランシスコ・ザビエルがはじめて鹿児島に来日しました。その日から1639年の鎖国令までの約90年間に、実に多くの宣教師達が海を渡ってやってきました。そして命のかぎりに布教に力をつくし、かつ多くの教えを残してきました。俗に南蛮といいますが、南蛮とはポルトガル人に限っての呼び名ではなく、スペイン人、イタリア人、オランダ人などをひっくるめてそう呼んでいたのです。ただその中でも、歴史上得にめだった存在が、ポルトガル宣教師フランシスコ・ザビエルであったり、ルイス・フロイスなのです。
 彼等はまったくの異文化をもつ日本人を、尊敬する一方で、文明の力をしっかりと把握していました。ですからキリスト教への引き入れの道具として、または日本人へのカルチャーショックの手段として、様々な南蛮製品を利用したのです。その中の一つに有平糖がありました。
 有平糖は他の南蛮菓子とともに、献上品として大名達に送られましたが、その当時では、砂糖も貴重な品の一つでしたから、甘くて綺麗な細工を施された飴は大変珍しく、貴重なものだったのです。当時は、アルヘル、アリヘイ、アルヘイルなどとよばれ、その後アルヘイ糖、アリヘイ糖などとなって今の有平糖となりました。
 今でもこの読み方は、土地によって違うところもありますが、辞書等では、
「あるへいとう」で統一されているようです。昔は、阿児赫乙等や阿留赫乙糖という当て字もあったようです。
 まあ、読み方はどうであれ、伝来当時はその製法さえもシークレットという品ですから、
上流階級の人にしか手に入らない高級品であったことはまちがいないようです。